●無戸籍問題を考えるときおさえておきたい9つのこと

・アルバイトをしようと思ったら銀行口座を持てなくて応募できない(1)
・雇ったアルバイトさんが銀行口座やマイナンバーがなく対応に困っている(2)
・進路を決めたいけど戸籍がないことで希望の進路を選べそうにない(1)
・結婚を前提にお付き合いしているパートナーに戸籍がないことを打ち明けられた(1)

冒頭の4つのケースのような現実に直面して初めて、自分もしくは大切な人の困難に気づかれるケースもあるとうかがいます。

この回では、これから初めて事態に向き合う無戸籍の当事者の方へ向けての情報源としていただきやすいものを目指しつつ、無戸籍問題とは何かを知りたい方のために問題の全体像を理解する入り口としてわかりやすくまとめます。

☆ここまでで読(よ)もうとしたけど漢字(かんじ)がいっぱい……。と思(おも)われた方(かた)
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所々(ところどころ)に誤変換(ごへんかん)もありますが、かなり読(よ)みやすくなると思(おも)われます。

1 戸籍がないってどういうこと?

「無戸籍」とは、読んで字のごとく、戸籍が無い状態のことを指します。
戸籍は、日本国内において日本の戸籍を持つ者との間に生まれ『出生届を役所に提出する』ことで得られます。

滞りなく手続きされていれば、日本人なら戸籍があるはずなのですが、それが無いために国や地方自治体から受けられるはずのサービス受けられなかったり、身分証明(自分がどこの誰で本人にまちがいないかがわかるもの)になるものが無いことでとても不便です。

戸籍がないとは大きく3つに分けて、出生届が提出されないケース、身元不明の本人の記憶喪失によるケース、提出したデータが消失したことで起こるケースがあります。
詳しくは「3 なぜ無戸籍状態になるんだろう?」で解説します。

2 戸籍ってなに?

「戸籍は,人の出生から死亡に至るまでの親族関係を登録公証するもので,日本国民について編製され,日本国籍をも公証する唯一の制度です。」(3)
とあります。
生まれてから亡くなるまでの親族関係を「公(おおやけ)」つまりは国で証明している情報ということになります。
日本の戸籍に登録すると自動的に日本の国籍を持っていることも証明する仕組みです。
厳密には戸籍と国籍は別のものです。
ここでは無戸籍に重点を置いて読み解きます。

また、先の文章に続けて、
「戸籍事務は,市区町村において処理されますが,戸籍事務が,全国統一的に適正かつ円滑に処理されるよう国(法務局長・地方法務局長)が助言・勧告・指示等を行っています。」(3)
とあります。
手続きは基本的に市区町村で行い、データの管理については国が指導をしてますよ、ということです。

3 なぜ無戸籍状態になるんだろう?

a. 離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子とする民法772条及び
嫡出否認の権限が前夫のみにある民法774条により、
血縁上の父がいても認められないため戸籍登録ができない場合。
b. 養育者が戸籍制度に反対の場合。また成長した本人が継続して戸籍制度に反対の場合。
c. 知識不足、認識不足、失念などにより出生届を出さないままになっている場合。
例)・出生届にお金が必要だと思い込んでいて出せなかった
・育児放棄や虐待などにより養育者が出生届を出さない
・出生届を出すことそのものを知らない、または失念したままになっていた
d. 認知症などで記憶が無い状態で家を出て身元が確認できない場合。
e. 戦争や災害で戸籍情報が燃えたり流されたりすることで消失して復活できない場合。

映画『誰も知らない』で取り上げられたのはc.のケースと言えます。
こちらは現在の法整備で各都道府県の役所に課を設けるなど、解消への取り組みが進んでいます。

より困難なケースとして、a.の民法772条及び774条のケースがあげられます。
当事者の安全とプライバシーの問題から報道の対象にはなりにくく、法的な理由に阻まれ、解決が困難として特に問題視されています。

なぜ、a.のケースで「当事者の安全」という言葉が言われるのでしょうか?
それは離婚理由が必ずしも円満でないからです。
例えば夫のDVが理由での場合があげられます。相手男性が暴力的であったりストーカー化していたり、社会的制裁をためらわない人物であったりする場合、母子は逃げるようにして前夫から逃れ、避難先のシェルターや福祉施設にて新生活を始めることになります。
嫡出推定を確定するには、現在の法律では前夫の子として認めるか認めないかの権限が前夫にのみあるため、前夫の嫡出否認を得られなければ、前夫の子として出生届を出す以外には受理されません。(民法774条)
前夫の嫡出否認を得るには弁護士や地方裁判所を通して連絡を取らなければならず、この際に法廷や弁護士との相談をストーキングされたり調査団体に依頼をされれば、簡単に現住所を前夫に知られることになります。
やっと見つけた安住の場所でも前夫の暴力や嫌がらせが及ぶ危険があるため、法的な手続きをしたくとも出来ない状況に追い込まれることになります。

4 戸籍がないと困ることとは?

・住民票の取得
・健康保険証の取得
・銀行口座の取得
・携帯電話の取得
・希望の専門学校や大学への進学、留学
・国家資格の受験及び取得
・運転免許証の取得
・パスポートの取得
・結婚の際の入籍
など。
現在では無戸籍児への義務教育は特例措置にて保証されていますが、特例措置の法整備の前に学齢期を超えた方や、特例措置を知る機会がなかった方の中には、生活していくのに必要な国語・算数などの基礎教育が充分に得られないまま、独学で習得しながら社会人として生活されている方もおられます。
上記の9つ以外にも困難はあります。
また何らかの条件を満たせばこれらのものを取得することは可能ですが、条件を継続して満たすことができない場合には返却せざるを得ない場合もあります。
例えば携帯電話は障碍者に該当する疾病や障害がある場合は緊急入院などの連絡に必要であるとして持つことができるケースがありますが、該当しなければ持てないということになります。
また住民票などは『戸籍を取得する見込みがある』という前提で持てますが、こちらも調停中の嫡出推定の結果により戸籍取得の見込みがない状態になれば返却せざるを得なくなるなど、事実上、困難なケースが多いといえます。(4)

5 戸籍がないとわかったらどうすればいいの?

戸籍の手続きは役所なので役所に行きましょう。
ただし、役所の訪問で困難さを感じた時、思い出していただきたいことがあります。
①NPOの活用
②弁護士の活用
の2点です。

役所の係員から説明を受けても専門的な法律用語はわかりにくいですし、渡された書類に書いてある内容を理解するにも一苦労です。
係員から現状に見合わないアドバイスを受けたり、無理解な対応に困ることもあると聞きます。(5)
相談実績のあるNPO(エヌピーオー)と、無戸籍問題に詳しい弁護士。ここではそれぞれの団体や個人の名前を羅列することはしませんが、それぞれの地域に根差して活動されている方がおられます。上記2つ以外にも、シェルターやDV被害者家族向けの福祉施設の職員が相談の窓口になってくださるケースもあります。
専門家に頼ることは大切です。心理病的な相互依存とは全く別のものです。健全な依存先を持つことはご自身の視野を広げ、生活のコツを増やし、問題解決や自立に必要な“精神的安定”の支えのひとつになります。
様々な福祉や支援の現場では、「利用者が複数の依存先を持つことが重要」と言われます。

6 法律相談したいけどお金に不安があるとき…

弁護士費用に不安がある場合は「法テラス」を利用可能な場合もあります。「法テラス」とは、“一定の収入以下”の方が法律相談で金銭的にお困りの場合に、無利子で立て替えをする制度です。“一定の収入以下”の金額は、家族構成や地域によって異なります。
「法テラス」へは、電話やメールで問い合わせをすることができます。(6)

「法テラス」の利用に関しては、無利子とはいえ、場合によっては収入が低かったり就労経験そのものが乏しい状態で借金を背負うことになるのは問題であるとし、無戸籍当事者の経済的負担を軽くできないか?と働きかける動きもあります。
現在は、クラウドファンディングの活用があげられます。
無戸籍解消での利用は見つけることができていませんが、2021年に虐待の民事手続きでクラウドファンディングを活用し、経済的に不利な虐待当事者の民事相談の費用と生活費用の経済的負担をいくらかでも解消しようというアイデアを実現されているケースもあります。

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余談ですが…
役所係員の無戸籍対応の精度については、現在は役所での無戸籍解消のための業務の周知がされてきており
改善されているところもあります。
ただ、基本的には役所では係員一人当たりにつき、多くの相談者の方からの多種多様な相談内容の対応を日常的に行ないます。
無戸籍だけを専門に対応されていることはほとんどありません。
窓口で相談を受けたその場で法務省へ連絡を取り、基本の処理の仕方や不明点を確認したり通達を確認をして対応をしています。
相談者が説明した状況を細やかに整理して理解するのは難しいですし、
その状況に合わせて関係する戸籍の法律や手続きすべてを相談開始から5分や10分以内に引き出してきて理解し、
的確に説明出来ることはなかなかありません。

公務員の正職員の少なさも社会問題の一つです。
こちらも何れ特集を組んで掘り下げたいと思います。

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7 戸籍がなくてもできるかもしれないこと

4で少し触れましたが「特例措置」により出来ることがあります。
①住民票
②学校へ行く(義務教育)
③児童福祉サービスを受ける
④国民健康保険証
⑤生活保護を受ける
⑥パスポート
それぞれに特例措置で得るための要件があります。詳しくは役所の窓口でご確認ください。

8 無戸籍問題の現在地点

2022年3月10日現在、年内の民法改正を目指して、無戸籍者がうまれる原因となっている民法の中のいくつかが改正に向けて審議されています。
2022年2月14日には法改正のための答申が行われました。
民法改正について、新聞社やテレビニュースで取り上げられています。
しかし、国会の答申や民法改正案では、問題が指摘されている
「嫡出推定」は300日の規定がそのまま残り、再婚しないケースは一向に解決されない
「嫡出否認」(民法774条)の権限については母親が代理人になれない
など、実効性に疑問を抱えた内容になっています。
また未成年の無戸籍児に対する特例措置などは以前から改善が議論されやすいですが、18歳以上の無戸籍者に対しては有効な改善が見受けられないのが現状です。

9 わたしたちに出来ること

気づいた一人一人が自身の言葉で、声を議員に届けること。
と同時に、「嫡出推定」「嫡出否認」のより実効性のある改正を、イベント・署名や陳情のロビー活動などを通し、活動の場では事前にメディアに告知するなどの連携を取り、SNSも活用し、より多くの人の関心と興味を得て世論となることで、法律の現場を動かすことができます。

インターネットの過去記事を閲覧する限りでは、無戸籍問題を知ってもらうための一般参加向けのイベントとして地域の社会活動グループやNPOなどの主催でワークショップや勉強会が行われていたようです。

現在も様々な地域にて、地域の弁護士や司法書士の有志で、無戸籍の当事者やその家族のための相談会が行われています。

無戸籍者の当事者にも様々な状況の方がおられます。
この回ではこれから初めて問題に向き合う方で、身分証明や公共のサービスを必要とされる方を対象の前提として組み立てて記しました。
現実には既にこのフェーズを通過して、解決後であったり、解決がなされないまま状況の変化を待たれていたり、もとより戸籍制度に反対であれば戸籍を必要とせず生活されている方もおられます。

無戸籍の問題を紐解く中で、そもそも戸籍とは何か?諸外国には戸籍制度がない国もあるのに本当に必要なものなのか?
という問いが根底にあると感じました。

(1)『無戸籍の日本人』井戸まさえ/著 書籍
(2)MBS NEWS【特集】『30年間無戸籍だった男性が語る孤独』
社会からの“孤立”を防ぐために支援活動に取り組む人たち(2021年5月26日)MBS毎日放送 動画
(3)法務省 https://www.moj.go.jp/MINJI/koseki.html
(4)『子ども・親・男女の法律事務-DV,児童虐待,ハーグ,無戸籍,ストーカー,リベンジポルノ,
女性・子どもの犯罪被害,ひとり親家庭などの法的支援-』高取由弥子/編 書籍
(5)『再婚前提で救済は限定的「摘出推定」民法改正答申』中日新聞2022年2月15日
(6)法テラス https://www.houterasu.or.jp/houterasu_gaiyou/

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